QUILTと花と旅の思いで_K.Sachiko
旅の思い出・京都-その6 妙心寺-金澤翔子展
市販のガイドブック(街歩き地図 : 京都さんぽ-2022)を参考に巡ってみました。
(注) : 【参考情報】は、京都市公式・京都観光Naviをの情報から引用させて頂いてます。
★妙心寺-金澤翔子展★
・2025年6月初旬、「京セラ美術館 草間彌生展」の後に訪問しました。
こちらも2025年4月中旬に京都を訪問した折、に「金澤翔子展」が開催されるのを知りました。
当日は、バスで"妙心寺前"まで行き、ゆっくり書を見ることができました。
本人には会うことができませんでしたが、御朱印が本人の書でした。
最近ラジオに出てたり、喫茶店でウエイトレスをしたりして幅広い活動をお見掛けします。
お母さまのお力ですね。
写真撮影は禁止されていませんでしたので、写真に残すことができました。
金澤翔子さんの書に見入ってしまい、法堂、仏殿、浴室等拝観していませんでした。
特に庭園の写真等、一枚も記録がありませんでした。
先日TV番組でお庭の松のお話が出てきたので、妙心寺訪問記録を見て、
寺院そのものを拝観できていなかったことに気づきました。
松の木一本にも細心の注意をはらい、手入れしていました。
どこの神社・仏閣も同じように施設のお手入れされていると思います。
維持費は必要ですよね。
次回は展覧会等のない事を調べて再訪ですね。
寺社については、【参考情報】を下記に併記しました。
再訪の際は、このHP開いて情報確認するようにします。
・妙心寺(みょうしんじ)
・住所 : 京都市右京区花園妙心寺町1
・電話 : 075-461-5226
・営業時間 : 9:00〜15:30(受付終了)
本山行事日中止有 HPをご確認ください。
・その他アクセス : JR「花園」下車、徒歩約5分
市バス・京都バス「妙心寺前」下車、徒歩約3分・・・これで行きました。
京福電車「妙心寺」下車、徒歩約3分
・ホームページ : https://www.myoshinji.or.jp/
【参考情報】
全国に3400の寺院を持つ臨済宗妙心寺派の大本山。
1337(建武4)年花園法皇が関山慧玄を招いて開山。
この地にあった法皇の離宮を禅寺に改めた。
応仁の乱で多くの堂塔を焼失したが、細川勝元・政元親子らの援助で再興。
その後、豊臣、徳川家をはじめ諸大名が帰依し、隆盛を極めた。
南から三門、仏殿、法堂と重文の伽藍が一直線に、その周囲に46の塔頭が並ぶ。
大灯国師墨跡(国宝)をはじめ、仏像、絵画、障壁画、庭園など多くの文化財を所蔵。
梵鐘(国宝)は最古の銘を持つ。
建立:開創1337(建武4)年 中興1432(永享4)年
※2024年5月20日より約2年間の間終日、工事のため大庫裏の拝観ができません。
拝観場所が法堂のみとなります。(延長の可能性あり)
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建立は開創1337(建武4)年とあり、600年の歴史を持ちます。
ここも、応仁の乱で被害を受けたようです。
応仁の乱は、室町時代中期の1467年から約11年間続いた全国規模の内乱です。
(期間: 1467年(応仁元年)〜1477年(文明9年)
将軍の跡目争いと有力守護大名たちの家督争いが複雑に絡み合い、
京都を主戦場として国土の大半が荒廃しました。
これにより室町幕府の権威は失墜し、日本は戦国時代へと突入しました。
相国寺でもお話を伺いましたが、「応仁の乱」で文化財がかなり消失したそうです。
京都の大火はその他にも、
1. 天明の大火(てんめいのたいか)
発生日時: 1788年3月7日(天明8年正月30日)
火元: 鴨川東岸の団栗辻子(どんぐりのづし:現在の四条大橋南側)の民家
被害: 猛烈な北西の風にあおられ、京都御所や東本願寺、市街地の8割以上を焼失。
2. 元治の大火(げんじのたいか)
「どんどん焼け」の通称で知られ、幕末の動乱期に起きた壊滅的な火災です。
発生日時: 1864年8月20日(元治元年7月19日)
背景: 尊王攘夷派の志士たちが京都御所周辺で起こした「禁門の変(蛤御門の変)」
に伴う戦闘の火が市街地に飛び火。
被害: 京都市街の広範囲(約800町)が焼け野原となり、中立売通から三条通にかけての
民家や寺社が灰になりました。
3. 宝永の大火(ほうえいのたいか)
京都市街を襲った江戸時代中期の代表的な大火です。
発生日時: 1708年5月4日(宝永5年3月15日)
火元: 二条油小路の扇屋から出火。
被害: 強風にあおられて京都御所のほか、数多くの町家が消失する大惨事となりました。
これらの大火により、京都の町は幾度も大きなダメージを受けましたが、
そのたびに町衆の力や幕府・朝廷の手によって区画整理や復興がなされ、
現在の京都の歴史的な町並みの基盤が形作られてきました。
「伊藤若冲」氏の時代背景にも出てきますね。
今後も復興に尽力頂いたことに感謝し、訪問したいと思います。
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【参考情報】 つづき
・坐禅と法話
@「禅道会」毎月8日、6:00〜7:30
坐禅の後、法話約1時間 500円(団体不可)
A修学旅行生禅寺体験学習(通年)
7:00〜20:00(行事日不可)
40名(クラス以上)〜260名(小人数班別不可・要相談)
1時間〜(法話・坐禅) 800円〜1,000円
※1か月前までに要申込み
一般(大学生以上)禅寺修行体験有り。(宿泊含む)要相談
■法堂
妙心寺にある江戸時代建築の重要文化財建造物。
明暦2年(1656)建立。住職が法要儀式を行うところで、須弥壇だけを設ける。
仏殿より一層大きく、一段と禅宗様(唐様)に徹した造りになっている。
内部の鏡天井に狩野探幽筆の雲龍図がある。
常時公開。儀式のため、拝観できない場合他の伽藍を案内。
■仏殿
妙心寺にある江戸時代建築の重要文化財建造物。
天正11年(1583)建立、文政10年(1827)再建の唐様建築。
内部に拈華の釈迦如来坐像と阿難・迦葉両尊者の像を安置する。
参拝可…内部には入れません(15:00閉門)
■三門
妙心寺にある桃山時代建築の重要文化財建造物。
山門とも記す。
慶長4年(1599)建立。
階下左右に山廊を付した唐様建築で、上層正面は桟唐戸になっており、儀式の時は参拝可。
(6月18日 9:00〜10:00)
■浴室
妙心寺にある江戸時代建築の重要文化財建造物。
天正15年(1587)建立、明暦2年(1656)再建。
明智光秀の叔父、密宗和尚が光秀の追善菩提のために建立したとされ、「明智風呂」と呼ばれる。
内部は蒸風呂と洗い場になっている。
■勅使門
妙心寺にある桃山時代建築の重要文化財建造物。
慶長15年(1610)惣門として建立された、下立売通に面して建つ四脚門。
■黄鐘調の鐘
国宝。
698年(文武2)の鋳造と日本最古の梵鐘で、吉田兼好の『徒然草』にも記されている名鐘。
昭和48年までは妙心寺境内の鐘楼に吊るされていたが、現在は保存のため法堂内に安置され、
現在はCDで美しい音色が聴けるようになっている。
9:00〜16:00 最終受付は15:30
妙心寺-金澤翔子展
先頭画像をクリックし、スライドショーでご観覧ください。
・・・私に書の評価はできませんが・・・
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