QUILTと花と旅の思いで_K.Sachiko
旅の思い出・京都-その7 仁和寺-生け花展
市販のガイドブック(街歩き地図 : 京都さんぽ-2022)を参考に巡ってみました。
(注) : 【参考情報】は、京都市公式・京都観光Naviをの情報から引用させて頂いてます。
★仁和寺-生け花★
・訪問したのが2024年5月でした。
生憎の雨でしたが、「生け花展」に遭遇しました。
春の小雨でしたので、静かに観覧することができました。
写真撮影は禁止されていませんでしたので、写真に残すことができました。
HPにも同じ構図の写真が幾つかありましたので、下記記録をご覧ください。
仁和寺 : 御室流華道「花は華なり、心なり。」・・・現地で知りました。
御室流とは・・・いけばな 御室流華道総司庁
(京都 総本山 仁和寺で華道を学ぶ)
御室流は世界文化遺産、総本山仁和寺を創建された初代門跡、
第59代宇多天皇(寛平法皇)を流祖と尊崇し、伝承されている華道流派です。
仁和寺は、中世には世間の名匠、技芸練達者に称号を授与し、文化発展に寄与してきました。
近世になりこの称号を授与された花道家が集まり御室流を支えることになり今日の隆盛をみるに至っています。
その流風は古典技法を伝承すると共に、自由ないけ花表現の道をも開き、
豊かな感性の涵養をめざし、次代にいけ花の美しさと、いけ花を求める心を継承していくことを
目的とした流派です。
・将棋の竜王戦かここで行うことを知りました。(藤井竜王‐伊藤七段)
この年は36期の第2局がこの年の10月に予定されていました。
・総本山仁和寺は一年通して、色々な行事をおこなうのですね。
長い歴史を持つ寺院ですので、見どころが多いです。
下記の情報をご覧になってから、訪問なさったら楽しめると思います。
相国寺と共にお勧めのお寺です。
・とても歴史のある寺院ですが、やはり応仁の乱で堂塔伽藍が消失したそうです。
応仁の乱は、室町時代中期の1467年から約11年間続いた全国規模の内乱です。
(期間: 1467年(応仁元年)〜1477年(文明9年)
将軍の跡目争いと有力守護大名たちの家督争いが複雑に絡み合い、
京都を主戦場として国土の大半が荒廃しました。
これにより室町幕府の権威は失墜し、日本は戦国時代へと突入しました。
・生け花展が開催されていたため、ついお花に目がいってしまい、
施設については詳しく拝観していませんでした。
国宝が数多く存在しているのを後で知りました。
花は大好きです。
桜も有名で、4月に訪れるのが良いみたいです。
御室流ホームページには4月の桜が載っていました。
五重塔と一緒に写すのが良いアングルになっています。
4月は訪問先候補がたくさんあり、困ってしまいます。
京都の桜 名所ランキング ベスト5は、
1位 嵐山 (京都市右京区)
京都を代表する景勝地で、渡月橋や天龍寺周辺が桜色に染まります。
保津川下りやトロッコ列車に乗りながら、壮大なスケールの桜と新緑の
コントラストを楽しめるのが最大の魅力です。
2位 醍醐寺 (京都市伏見区)
豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催したことで知られる、桜の代名詞とも言える世界遺産です。
境内には約1,000本もの桜が咲き誇り、「花の醍醐」と称される圧巻の景色が広がります。
3位 蹴上インクライン (京都市東山区)
琵琶湖疏水沿いの傾斜鉄道跡で、線路の両側にソメイヨシノなどが咲き誇る人気スポット。
線路の上を歩きながら桜のトンネルをくぐることができ、写真映え抜群のロケーションです。
4位 仁和寺 (京都市右京区)・・・ここにランクインしていました。
遅咲きで有名な「御室桜(おむろざくら)」が有名です。
背丈が低く、目の前で桜を愛でることができるのが特徴で、
京都の春のフィナーレを飾る桜として古くから親しまれています。
5位 円山公園 (京都市東山区)
京都最古の公園で、祇園の夜桜として有名な「祇園枝垂桜(ぎおんしだれざくら)」がシンボルです。
ライトアップされた夜桜は息を呑む美しさで、毎年多くの花見客で賑わいます。
八坂神社、丸山公園、清水寺は桜鑑賞する機会がありました。
菅公ゆかりの場所がありました。
京都は菅原道真公ゆかりの場所・物が多いですね。
北野天満宮、菅原院天満宮、等・・・
我が家近辺では、鎌倉荏柄天神社で息子が合格祈願してました・・・
お土産も「出世守り」、「菅公梅干し」等買ってしまいます。
敷地も広く、ゆったりとした場所です。
国宝や重要文化財が数多くあります。
【参考情報】をもとに、再度訪れたいと思っています。
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ルート : 参考 バス・26系統(京都駅→御室仁和寺)→バス又は電車
・仁和寺(にんなじ)
・建立は888年で、1100年以上の歴史があります。
・駅名・バス停留所名も「御室仁和寺」になっています。
・住所 : 京都市右京区御室大内33
・電話 : 075-461-1155
・営業時間 :
・その他アクセス : 京福電車「御室仁和寺」下車、徒歩約3分
市バス「御室仁和寺」下車すぐ
・ホームページ : http://ninnaji.jp
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【参考情報】
真言宗御室派総本山。
886年(仁和2)、光孝天皇の勅願により創建、888年(仁和4)に完成。
年号を寺名とした。
宇多天皇が落髪入寺し寺内に御室(御座所)を設け、御室御所とも呼ばれた。
以後、明治維新まで代々皇子皇孫が門跡となり門跡寺院の筆頭にあった。
堂塔伽藍は応仁の乱(1467-77)で多くを焼失、寛永・正保年間(1624-48)に再興した。
金堂(国宝)は御所紫宸殿を移築。御影堂(重文)も旧清涼殿の材を用いて建立した。
霊宝館には、阿弥陀三尊像(国宝)、御室相承記(国宝)、吉祥天立像(重文)など
多くの寺宝を所蔵。
遅咲きの‘御室桜’は有名で名勝。旧御室御所御殿の御所風たたずまい、豪華な襖絵が見事。
1994年(平成6)12月「古都京都の文化財」として、「世界遺産条約」に基づく世界文化遺産に
登録された。
■二王門
江戸時代建築の重要文化財建造物。正保元年(1644)頃完成。
純和様で作られていることが特色で、王朝時代に創建された当寺の二王門にふさわしい復古的な
気風が漂う。
■五重塔
江戸時代建築の重要文化財建造物。寛永21(1644)完成。
高さ約36m。東寺の五重塔と同じく、上層から下層にかけて各層の幅にあまり差が見られない姿が
特徴的で、寛永期を代表する塔。
「御室桜」と共に仁和寺のシンボルとなっている。
■御殿
仁和寺御殿は宸殿・白書院・霊明殿など7棟と、北庭・南庭・茶室からなる。
建造物は平成23年(2011)に登録有形文化財として登録。
特に御殿群中央に建つ宸殿は京都府技師であった亀岡末吉の代表作の一つ。
北庭には池泉式庭園であり京都市の名勝に指定されている。
また光格天皇遺愛の席である飛濤亭(重文)と仁和寺門前の尾形家から移築された
遼廓亭(重文)と呼ばれる趣の違う二つの茶室がある。
■飛濤亭(ひとうてい)
江戸時代建築の重要文化財建造物。
光格天皇遺愛の席と伝えられる四畳半の茶室と水屋・台所からなる草庵式本位の茶席。
庭園の東北隅にある。
■遼廓亭(りょうかくてい)
江戸時代建築の重要文化財建造物。
二畳半台目の茶室と広間・水屋等からなる草庵風と書院式を加味した茶席。
仁和寺門前の尾形家から移したと言われている。
その露地庭は築山に小池をうがち、飛び石と延段を配した書院式茶庭である。
■金堂
桃山時代建築の国宝建造物。
仁和寺の本尊である阿弥陀三尊を安置する御堂。
慶長造営の御所内裏紫宸殿を賜って仏堂としたもので、現存最古の紫宸殿の遺構である。
堂内は四天王像や梵天像も安置され、壁面には浄土図などが極彩色で描かれている。
■御影堂(みえどう)
桃山時代建築の重要文化財建造物。
慶長造営の清涼殿の古材の一部を再利用して仏堂としたもの。
内部には、弘法大師像、宇多法皇像、仁和寺第2世性信親王像を安置する。
毎月21日には、宗祖弘法大師の遺徳を偲ぶ法要(御影供)が執り行われる。
■絹本著色孔雀明王像
国宝。美術工芸品(絵画)。
北宋。
指定書番号16。
京博勧告。
真言宗御室派総本山。
重層的な彩雲を背景に、明王が孔雀に坐した姿をあらわす。
本像は日本の例に多い一面四臂ではなく、三面六臂で描かれ、また寒色系や白色主体の色調は
平安仏画とは異なるため、北宋時代に遡る作例と考えられている。
さらに顔容描写などに見られる写実性のある表現や、細部に至るまでの緻密な描写は宋仏画の
名品と言える。
※京都国立博物館 寄託
■木造阿弥陀如来及両脇侍像(通称:阿弥陀三尊像)
国宝。美術工芸品(彫刻)。
888年(仁和4)。
指定書番号86。
真言宗御室派総本山。
仁和4年(888)仁和寺創建時の本尊。
一木造で、像のかもしだす和らいだ雰囲気は、平安時代の彫刻が次第に和様式への道をたどる
出発点の造形といわれる。
また腹前で定印を結ぶ現存最古の阿弥陀像としても知られる。
脇侍である勢至菩薩立像、観音菩薩立像も創建当時のもの。
■宝相華蒔絵宝珠箱
国宝。美術工芸品(工芸品)。
平安。
指定書番号150。
京博勧告。
真言宗御室派総本山。
宝珠を納めた箱。
宝珠とは願いをかなえてくれる霊験あらたかな玉で、如意宝珠とも呼ばれる。
本箱は、金と銀、青銀の研出蒔絵で宝相華や尾長鳥、蝶を描く。また箱中には四天王を描いた
板絵が残されている。
これは箱中央の宝珠を守護するために四方に配したと考えられている。
※京都国立博物館 寄託
■黄帝内経明堂・黄帝内経太素
国宝。美術工芸品(書跡)。
明堂:1296年(永仁4年)・太素1167〜8年(仁安2〜3年)。
指定書番号139。真言宗御室派総本山。
中国の伝説上の皇帝である黄帝が名医岐伯らとの、問答形式で記述された医書。
『皇帝内経』の注釈書。
『明堂』は臨床の実験を『太素』は医の理論について記す。
■医心方
国宝。美術工芸品(書跡)。平安。指定書番号140。真言宗御室派総本山。
鍼博士丹波康頼(912〜995)が永観2年(984)に随・唐の医書を底本として撰述した医術書の古写本。
文中には古い訓読点も加えられているため、国語学の資料としても貴重である。
■三十帖冊子
国宝。美術工芸品(書跡)。
平安。指定書番号38。京博勧告。
真言宗御室派総本山。
空海(774〜835)が入唐中(804〜806)に恵果ほかから取得した密教関係の経典や
儀軌などを写した冊子本。
三十帖現存することからこの名がある。
装幀は粘葉装の冊子を表紙全体で包む帙表紙の形式をとっており、最古の粘葉装冊子本
であるだけでなく、巻子本から冊子本への移行を示す重要な資料である。
※京都国立博物館 寄託
■新修本草
国宝。美術工芸品(書跡)。
鎌倉。指定書番号98。真言宗御室派総本山。
唐高宗の顕慶4年(659)李勣・蘇敬らが奉勅撰述した医書で、およそ850種の薬品(本草)を
収載する。
『黄皇内経明堂』『黄皇内経太素』と同様に中国では早く亡失してしまった医書でありその
歴史的価値は極めて高い。
■菅公腰掛石
水掛不動尊の堂内にある岩石は、菅公(菅原道真)腰掛石と呼ばれる。
その由来は、菅公自身の大宰府左遷が決まった時、この事態を宇多法皇に訴えるため仁和寺を
訪ねるが、あいにく法皇はながい勤行中であり、焦る心を抱きながらこの岩に腰を掛けて待っていた
伝えられているからである。
後にここから清水が湧き出し、いまも涸れることがない。
現在、岩の上には石造りの不動明王像が安置され、この不動尊は「水掛不動尊」と呼ばれている。
■御室桜
仁和寺境内中門にあるバラ科の約200本のサトザクラ。
木の高さが約3mと低く、根元から枝が張って咲くのが御室桜の特性である。
お多福桜とも呼ばれている。大正13年12月、史跡名勝に指定。4月上旬〜中旬頃が見頃。
■御室八十八カ所めぐり
仁和寺の北裏、成就山一帯にある霊場めぐり。
1827年(文政10)、仁和寺29世門跡済仁が、寺侍に命じて四国八十八カ所霊場の砂を
持ち帰らせ開いた。
お堂や巡拝路が整備され、市街地が一望できる。
約3キロ、2時間。
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仁和寺-生け花展
先頭画像をクリックし、スライドショーでご観覧ください。
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| 仁和寺 切りえ御朱印 |
仁和寺 生け花展 |
仁和寺 生け花展 |
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| 仁和寺 生け花展 |
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| 仁和寺 生け花展 |
仁和寺 生け花展 |
仁和寺 生け花展 |
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| 仁和寺仁和寺 菅公ゆかりの場所 |
仁和寺仁和寺 菅公ゆかりの場所 |
仁和寺仁和寺 菅公ゆかりの場所 |
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